ご挨拶


小・中・高と演劇部で部長を勤め、中学を卒業と同時に定時制高校に通いながら

劇団に入団してしまうほどの、自他共に認める演劇少女の私でした。


そんな私が、22歳でひまわりを退団した後は、影絵劇団に客演したり

水芸のアシスタントをしたりして、流浪の民。。。

「ここに骨を埋めるぞ」と入団した劇団を3年で退団するときは関係者に

「お前は自分で劇団を創れ」と言われてしまいました。


思えば ひまわりを退団する時にも・・・芝居の師から

「ここでなかったら、他へ行って探せ。それでもなかったら、自分で創れ!」

そういわれていた私。。。しかし、劇団を旗揚げする事もなく、客演などでお茶を濁す日々。。。


そんな時に、運命とも呼ぶべき出会い!


それが
「無声映画」


今まで役者でやっていた経験も、役者をやっていたときの長所も短所も

全てを活かしてぶつけられた・・・


それが「活弁」


混沌としたカオスの中から、まばゆいばかりの朝日が昇った!!

飢えに飢え、乾きに乾いていた私は貪るように活弁にのめりこみ

生まれて初めてに近い「脚本を自分で書く」という作業に

悩み、苦しみ。。。そうしてマイクを握って壇上に登ってきました。


最後に在籍した劇団を退団してから、もうすぐ8年が過ぎようとしています。


「不惑の四十路」!?を、目前に
21世紀の活動弁士は「この道」を歩んでいきます。
〜花も嵐も踏み越えて〜



私、斎藤裕子


そして
 「斎藤組」を


どうぞ、お引き立てください!


2003年盛夏

組長 斎藤裕子